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食道裂孔ヘルニア
疾患の概要
食道裂孔ヘルニアとは、横隔膜にある食道が通る穴(食道裂孔)から胃の一部が胸のほうへ飛び出してしまった状態のことです。
通常、横隔膜は胸腔と腹腔を隔てて臓器を正しい位置に保つ役割があります。
しかし何らかの理由で食道裂孔が広がったり周囲の組織がゆるんだりすると、その隙間から胃の上部が押し上げられてしまいます。
このような食道裂孔ヘルニアは、中高年以降で増加しやすく、とくに肥満のある方や喫煙者に多くみられます。
近年では高齢化や食生活の欧米化による肥満者の増加に伴い、食道裂孔ヘルニアの発症も増えてきています。
食道裂孔ヘルニアにはいくつかのタイプがあります。
最も多いのは滑脱型と呼ばれるタイプで、胃と食道のつなぎ目が横隔膜の上にずれてしまうものです。
滑脱型は高齢者に多くみられ、小さなヘルニアの場合は症状が現れないこともあります。
一方、傍食道型は胃の一部が食道の横に飛び出すタイプで、発生頻度は低いものの、胃が横隔膜に挟まって血流が途絶える嵌頓を起こす危険があります。
このように食道裂孔ヘルニアそのものは良性の病態ですが、胃酸が食道に逆流しやすくなるため胃食道逆流症を併発しやすい点にも注意が必要です。
症状
食道裂孔ヘルニアは無症状で経過することも多く、本人が気づかない場合もあります。
特に滑脱型の小さなヘルニアでは症状が出ないことがほとんどです。
症状が現れる場合、典型的なのは胃酸の逆流によるものです。
具体的には胸やけや、酸っぱい胃内容物が喉までこみ上げてくる呑酸といった症状がみられます。
また、胃酸の刺激で喉の違和感や咳込みが起こることもあります。
さらに胃が上にずれることで胃の膨満感やげっぷの増加、食べ物が喉に引っかかるような嚥下困難を自覚することもあります。
前かがみの姿勢をとったり、重いものを持ち上げたり、腹圧をかける動作をしたときに、これらの症状が悪化する傾向があります。
妊娠中も子宮が大きくなることで腹圧が上昇し、同様の症状が出やすくなります。
ほとんどの場合、食道裂孔ヘルニアの症状は軽度ですが、稀に強い痛みを生じることがあります。
これは胃の一部が横隔膜の裂孔に挟まり、血流が途絶える嵌頓になった可能性があります。
嵌頓が起こると激しい胸痛や腹部膨満感、嚥下困難など重篤な症状が現れ、緊急の手術治療が必要です。
幸い嵌頓は稀ですが、胸の痛みが強い場合や食物がまったく飲み込めないといった症状が生じた際は、ただちに医療機関を受診してください。
原因
食道裂孔ヘルニアの明確な発症原因は分からない場合が多いですが、いくつかの要因がリスクとして知られています。
一つは加齢による組織のゆるみです。
年齢を重ねると横隔膜の食道裂孔を取り囲む靭帯や筋肉が緩み、胃を支える力が弱くなります。
その結果、食道裂孔が広がり胃の一部が飛び出しやすくなります。
また、生まれつき横隔膜の食道裂孔が大きかったり弱かったりする体質の方も、ヘルニアを起こしやすいと考えられます。
さらに、腹圧の上昇も重要な誘因です。
腹圧が上がると胃が押し上げられやすくなり、ヘルニア発生のきっかけになります。
腹圧を上げる要因として、例えば次のようなものが挙げられます。
- 肥満。お腹周りに脂肪がつくと常時腹圧が高くなります。
- 重い荷物を頻繁に持ち上げる肉体労働。
- 便秘などでいきむ動作や、慢性的な咳。
- 妊娠。胎児の成長で腹圧が持続的に高くなります。
- 前かがみの姿勢をとることが多い生活習慣。
- 喫煙は食道周囲の筋力低下や慢性的な咳を引き起こしリスクが高まります。
これらの要因が重なることで、横隔膜の裂孔部分に負荷がかかりヘルニアが生じやすくなります。
特に肥満や加齢は大きなリスクであり、生活習慣の改善が予防に重要です。
治療
症状の有無や程度に応じて治療方針が決まります。
ヘルニアがあるだけで症状が全くない場合には、基本的に治療の必要はなく経過観察となります。
まずは胃酸の逆流や胸やけなどの症状があるかどうかが重要です。
軽い症状がある程度であれば、生活習慣の改善や内服薬による対症療法を行い、多くの場合はそれで十分に症状をコントロールできます。
生活習慣の改善としては、胃酸の逆流を防ぐため次のような工夫が有効です。
- 暴飲暴食を避け、食事は腹八分目にとどめる。
- 脂肪分や刺激物の多い食事、アルコールを控える。
- 就寝前の飲食や、食後すぐに横になることを避ける。
- 寝るときは上半身を少し高くして胃酸が上がりにくい姿勢をとる。
- 体重を適正範囲に落とし、肥満を解消する。
- 喫煙者は禁煙する。 喫煙は逆流を悪化させます。
- きついガードルやベルトなど腹部を締め付ける服装を避ける。
これらの対策によっても胸やけなどの症状が改善しない場合には、薬物療法を検討します。
胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカーといった胃酸を減らす薬が効果的で、多くの患者さんで胸やけなどの症状が和らぎます。
薬物療法によって逆流による食道の炎症が治まれば、ヘルニア自体の問題も大きく気にならなくなることがほとんどです。
一方、薬物療法でも症状が強く残る場合や、大きなヘルニアで胃の一部が常時胸腔内に突出しているようなケースでは手術が選択されることもあります。
特に傍食道型で症状が出ている場合や嵌頓のリスクが高い場合、将来的な嵌頓の予防目的で外科的に治療することが推奨されます。
手術では横隔膜の裂孔を小さく縫い縮めたり、胃と食道の接合部を本来の位置に戻して逆流を防止したりする処置を行います。
近年は腹腔鏡下手術の技術が発達し、お腹に数か所小さな穴を開けて行う低侵襲の手術が一般的です。
腹腔鏡手術は体の負担が少なく回復も早いため、従来の開腹手術より患者さんへの負担が軽減されます。
早期発見のポイント
食道裂孔ヘルニアは無症状のことも多いため、症状が出ていない段階で見つけるのは容易ではありません。
しかし逆流症状を放置すると食道粘膜がただれる逆流性食道炎を引き起こし、生活の質が低下する可能性があります。
症状が軽いうちに対応することで、症状の悪化や合併症を防ぐことができます。
そのため、早期発見・早期治療が大切です。
次のような症状が慢性的にみられる場合は、食道裂孔ヘルニアあるいは胃食道逆流症の可能性がありますので、早めに消化器科などで相談しましょう。
- 胸やけや酸っぱい液がこみ上げる感じが続く。
- しょっちゅうげっぷが出る、口の中が苦い・酸っぱい。
- 胸やみぞおちの痛み、圧迫感がある。
- 食べ物や飲み物が飲み込みにくい感じがある。
こうした症状がある方は、医師による問診や診察のほか、胃カメラやバリウム造影検査で詳しく調べることで食道裂孔ヘルニアの有無を確認できます。
胃カメラでは食道と胃の境目の位置ずれや炎症の有無を直接観察でき、確定診断に有用です。
早めに検査でヘルニアを発見できれば適切な治療を開始でき、症状の改善や合併症の予防につながります。
逆に「ただの胃もたれだろう」「年のせいだから仕方ない」と放置してしまうと、症状が悪化したり治療に時間がかかったりしてしまう恐れがあります。
気になる症状が続く場合は早めに受診し、必要な検査を受けるようにしましょう。
予防
食道裂孔ヘルニアそのものを完全に予防する方法はありませんが、生活習慣の工夫によって発症リスクを下げたり、軽度のヘルニアが悪化するのを防ぐことが可能です。
ポイントは胃への負担を減らし、腹圧を必要以上に上げないような生活を心がけることです。
具体的には次のような点に注意すると良いでしょう。
適正体重の維持
肥満は腹圧を高める最大の要因です。
日頃からバランスの良い食事と適度な運動で体重管理をしましょう。
特にお腹周りに脂肪がつかないよう注意が必要です。
腹八分目と消化の良い食事
一度に大量に食べると胃が膨らみ腹圧が上がります。
食事は腹八分目に抑え、脂っこい料理や刺激物の摂りすぎも控えましょう。
食後の過ごし方
食後すぐに横になると胃酸が逆流しやすくなります。
食後少なくとも2時間程度は体を起こした姿勢で過ごし、就寝前の遅い食事も避けてください。
衣服の工夫
普段からお腹まわりを締め付けない服装を選びましょう。
きついベルトやコルセットなどは腹圧を高めるため要注意です。
喫煙を控える
タバコは食道下部の括約筋の働きを低下させるうえ、慢性的な咳の原因にもなります。
禁煙することでヘルニアと逆流症状の両方の予防につながります。
その他
便秘が続くと腹圧をかける機会が増えるため、食物繊維をとるなどして腸の調子を整えましょう。
また、重い荷物を持つときにはできるだけ腹筋に力を入れすぎないよう注意してください。
これらの予防策を実践することで、食道裂孔ヘルニアの発症リスクを下げたり、すでに軽度のヘルニアがある場合も症状の悪化を防いだりすることが期待できます。
日頃から腹圧を上げない生活を心がけ、胃や食道に負担をかけないことが何より大切です。