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食道アカラシア

体重減少吐き気・嘔吐喉のつかえ胸の痛み 胃・食道の病気

疾患の概要

食道アカラシアとは、食道の運動機能に障害が起こり、食べ物や飲み物が胃に送り込まれにくくなる病気です。
正常では、口から入った飲食物は食道の蠕動運動によって胃へと運ばれ、食道と胃のつなぎ目にある下部食道括約筋が飲み込むタイミングに合わせて緩むことでスムーズに通過します。
しかし、食道アカラシアではこの蠕動運動が失われ、下部食道括約筋がうまく弛緩しなくなるため、飲食物が食道内に滞ってしまいます。
アカラシアという言葉はラテン語で「動かない」という意味であり、その名のとおり食道が正常に動かなくなる状態を指します。
この病気はどの年齢でも発症し得ますが、特に20~60歳代に多く、初期にはほとんど自覚されないまま始まり徐々に進行することが多いです。
頻度は高くなく、有病率は10万人に1人程度とされていますが、胃食道逆流症と誤認されて見逃されているケースもあり、実際の患者数はそれより多い可能性があります。
なお、食道アカラシアを長期間放置すると、食道が拡張して嚥下障害が悪化するだけでなく、食道がんの発生リスクが正常よりやや高まることが知られています。

症状

食道アカラシアでは、食べ物が食道から胃に送り込まれにくいため、様々な症状が現れます。
代表的な症状は飲み込みにくさです。
初めは固いものが飲みにくい程度でも、進行すると水や唾液ですら飲み込みにくくなることがあります。
食後に胸のあたりで食べ物がつかえて残っているような胸部違和感・つかえ感を自覚する患者さんが多く、ひどい場合には吐き気や嘔吐を伴うこともあります。
また、嚥下時や安静時に胸の痛みを感じることもあり、食道アカラシアの患者さんの中にはみぞおち付近の痛みを訴える方もいます。
さらに、食道内に停滞した食べ物や飲み物が口元まで逆流してくる吐き戻しも約3割の患者さんにみられます。
特に就寝中に逆流が起こると、食べ物が誤って気道に流れ込み、激しいせき込みや誤嚥性肺炎などの肺のトラブルを引き起こすことがあります。
このほか、食べ物がうまく摂れない状態が続くために体重減少や栄養不良が徐々に進行することもあります。
なお、高齢者で急に飲み込みにくさが生じたり、短期間で著しい体重減少がみられたりする場合には、食道と胃の接合部に腫瘍ができて食道狭窄を起こしている可能性も考慮する必要があります。
食道アカラシアの症状は胃食道逆流症の症状と似ており、実際に胸やけやげっぷなどを感じる患者さんもいます。
そのため逆流性食道炎と診断され胃酸を抑える薬を服用していても症状が改善しない場合には、背景に食道アカラシアが隠れていることがあります。

原因

食道アカラシアは、食道の蠕動運動や下部食道括約筋の開閉を司る神経細胞が何らかの原因で障害されることで発症します。
本疾患の明確な原因はいまだ解明されておらず、大部分は特定の誘因が見当たらない特発性とされています。
有力な説として、ウイルス感染後の自己免疫反応によって食道の神経が障害される可能性が指摘されていますが、決定的な証拠はありません。
ごく一部には遺伝的要因の関与が報告された例もありますが、大多数の患者さんに遺伝性は認められていません。
一方で、続発性アカラシアといって他の疾患が原因で類似の症状を呈する場合もあります。
例えば、食道と胃のつなぎ目付近にできた腫瘍が直接食道を狭くしたり、神経に浸潤したりすることで、結果的に食道アカラシアのような状態を引き起こすことがあります。
また、日本では稀ですが中南米に多い寄生虫感染症のシャーガス病によって食道の神経節が破壊され、食道アカラシアが生じることも知られています。

治療

残念ながら、現時点で食道の蠕動運動を元通りに回復させる根本的な治療法はありません。
しかし、食道アカラシアの症状は下部食道括約筋の緊張を緩めて食べ物の通り道を確保してあげることで大きく改善できます。
主な治療法としては以下のような選択肢があります。

薬物療法

下部食道括約筋を弛緩させる作用のある薬を内服する方法です。
具体的には硝酸剤や血圧を下げる薬の一種のカルシウム拮抗薬が用いられ、これらの薬で括約筋を開きやすくして嚥下障害の改善を図ります。
比較的体への負担が少ない治療ですが、本来高血圧の治療薬として使われる薬のため頭痛やめまいなどの副作用が現れることがあります。
また、薬の効果には個人差があり、十分な改善が得られない例もあります。

内視鏡的バルーン拡張術

内視鏡と専用のバルーン(風船状の器具)を用いて、狭くなっている下部食道括約筋の部分を広げる治療法です。
内視鏡で患部を確認しながら括約筋部にバルーンを挿入し、内部でバルーンを膨らませて筋肉を強制的に伸ばします。
この方法は多くの患者さんで有効で、報告によれば約60~95%の症例で症状の改善がみられます。
ただし、時間とともに効果が薄れて再度狭くなることがあり、その場合はバルーンの再施行が必要になることもあります。
処置中にまれに食道の壁が裂けてしまうリスクがありますが、その発生頻度はごく低く、安全に実施できる手技です。

筋層切開術

下部食道括約筋の筋肉を直接切開し、通り道を作る治療法です。
外科的治療としては、お腹に小さな穴を開けて内視鏡を挿入する腹腔鏡下手術で食道と胃の境目の筋層を切るヘラー筋層切開術が行われます。
この際、筋層を切開したことによって胃酸が食道に逆流しやすくなるのを防ぐため、胃の上部を巻き付けて弁のようにする噴門形成術という抗逆流手術を追加するのが一般的です。
一方、近年は外科手術を行わずに内視鏡だけで筋層を切開する経口内視鏡的筋層切開術も普及しており、日本でも2016年に保険適用されました。
経口内視鏡的筋層切開術は口から挿入した内視鏡で食道内側から筋肉を切るため体表に傷が残らず、患者さんの負担が軽い治療です。
従来の手術(ヘラー術+噴門形成術)と同程度に高い有効性を示しつつ、治療効果が長続きしやすいことも報告されています。
筋層切開術全般の成功率はバルーン拡張術と同等ですが、こちらも処置中にごくわずかですが食道穿孔のリスクがあります。

ボツリヌス毒素注射

内視鏡で下部食道括約筋にボツリヌス毒素(ボツリヌス菌が産生する薬剤)を注射し、一時的に筋肉の緊張を和らげる方法です。
毒素によって括約筋を麻痺させることで嚥下障害の改善が期待できます。
手術が難しい高齢の患者さんなどに適した低侵襲の治療ですが、その効果は一時的で、通常は6か月から1年程度で再び筋肉の緊張が戻ってきます。
根本治療ではありませんが、症状の一時的な緩和や手術までの橋渡しとして有用な場合があります。

これらの治療法は患者さんの症状の程度や食道の状態に応じて選択されます。
近年は患者さんの負担が少なく効果の持続も期待できる経口内視鏡的筋層切開術が行われる機会が増えてきていますが、効果判定後に必要に応じて他の治療法を追加することもあります。
治療後も長期的には経過観察が必要で、症状が再度現れた際には早めに医療機関を受診して追加治療を検討します。

早期発見のポイント

食道アカラシアは比較的まれな疾患であり、症状が少しずつ進行するため見逃されやすい側面があります。
患者さん自身も「年のせいで飲み込みづらくなった」などと考えてしまい、受診を先延ばしにすることが少なくありません。
しかし、固形物だけでなく水や柔らかい物まで飲みにくいといった症状や、食事中によく食べ物がつかえて水で流し込む癖がついている場合などは要注意です。
こうした症状が長引いているときは、「たいしたことはない」と自己判断せずに、できるだけ早めに消化器内科を受診することが大切です。
特に、胃酸逆流を抑える薬を飲んでも改善しない嚥下障害や胸やけ症状がある場合は、一度詳しい検査を受けてみることをお勧めします。
食道アカラシアは内視鏡検査や食道造影検査、食道内圧検査によって診断できますので、医師と相談のうえ適切な検査を受けましょう。
早期に診断し治療を開始すれば、食事が摂りやすくなるだけでなく、肺炎や重度の栄養障害などの合併症を未然に防ぐことにもつながります。
また、前述のように食道アカラシアの患者さんは将来的に食道がんを発症するリスクがわずかながら高いため、放置せず適切なフォローを受けることが重要です。

予防

食道アカラシアそのものを予防する確立された方法は残念ながら存在しません。
原因が明らかでない以上、発症自体を完全に阻止する手段がないのが現状です。
しかし、日常生活の工夫によって症状の悪化や合併症を予防することは可能です。
例えば、食事の際はよく噛んでゆっくり食べ、適宜水分を摂りながら飲み込みやすくするよう心がけてください。
特に就寝前の食事は避け、夕食は就寝の2~3時間以上前に済ませるようにしましょう。
食後すぐに横になると食道内に残った物が逆流しやすく、誤嚥の危険性が高まります。
これらの工夫は、誤嚥性肺炎や慢性的な気道障害の予防につながります。
また、すでに食道アカラシアと診断された方は、定期的に内視鏡検査を受けることも予防策の一つです。
食道アカラシア患者さんでは食道がんの発生リスクが通常よりわずかに高いため、年に1回程度は内視鏡による検診を受けて食道粘膜の状態をチェックし、万一がんが発生しても早期に発見・治療できるようにしておくと安心です。
症状の程度や治療後の経過には個人差がありますので、主治医と相談しながら適切なタイミングでフォローアップを続けてください。

リスクの有無に関わらず、体調に異変を感じたら早めに受診し、医師に相談しましょう。