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カンピロバクター腸炎
疾患の概要
カンピロバクター腸炎は、カンピロバクター属の細菌が原因となる細菌性腸炎の一種です。
日本では年間を通して発生し、とくに春から夏にかけて患者数が増える傾向があります。
国内で報告される細菌性食中毒の中でも最も多い原因菌であり、鶏肉などの食肉を中心とした食品由来の感染が大多数を占めます。
この疾患は少量の菌でも発症するのが特徴で、たとえば100個程度の菌が体内に入るだけでも腸炎を引き起こすといわれています。
一般的な食中毒と異なり、潜伏期間が2〜5日と長いため、感染源となった食材の特定が難しいケースが多くあります。
患者は食事から時間が経って症状が出るため、自身の食歴を正確に把握することが困難なこともあり、感染経路の特定が遅れる要因にもなっています。
感染すると、発熱、腹痛、水様性下痢などの消化器症状が出現します。
ほとんどのケースでは数日で自然に軽快しますが、免疫力の弱い高齢者や乳幼児では重症化することもあり、脱水症状に注意が必要です。
また、感染後1〜3週間経ってから、神経障害であるギラン・バレー症候群などを発症するケースもあるため、治癒後の経過観察も重要です。
カンピロバクター属の中でも、ヒトへの感染源として特に重要なのがカンピロバクター・ジェジュニ(C. jejuni)とカンピロバクター・コリ(C. coli)です。
これらの菌は家禽類の腸内に常在しており、特に鶏の精肉処理過程で菌が表面に付着することが多く、調理時の取り扱いによっては家庭内でも簡単に広がってしまう可能性があります。
カンピロバクターは熱に弱く、中心温度が75℃以上で1分間以上加熱すれば死滅しますが、生焼けや表面だけの加熱では完全に除去できません。
また、菌は冷蔵状態でも一定期間生存できるため、加熱処理前の保存方法にも注意が必要です。
まな板や包丁、調理器具を生肉用と他の食材用で分けることや、調理後に十分な洗浄を行うことが感染予防の基本です。
家庭内における交差汚染が原因で、調理者自身が発症したり、家族全員に感染が広がるケースもあるため、注意が必要です。
カンピロバクター腸炎は集団感染も引き起こしやすい疾患であり、飲食店や給食施設、バーベキューなどでの大量調理において、食材の管理が不十分であれば一度に多数の感染者が発生します。
保健所に報告されている食中毒事例の中でも、原因が特定されたケースの多くにカンピロバクターが関与しており、その頻度は年々増加傾向にあります。
これらの事例では、生の鶏肉を使った料理、タタキやささみのレア焼き、あるいは加熱不十分な焼き鳥などが発症源として多く報告されています。
さらに、飲料水や井戸水が汚染されていたことによる水系感染、犬や猫などのペットとの接触による感染も知られており、動物由来感染症としての側面もあります。
とくに小さな子どもが動物の排泄物に触れる機会が多い場合には、手洗いを徹底することが感染予防につながります。
カンピロバクター腸炎の発生を防ぐには、原因菌を食品に持ち込ませないこと、体内に取り込まないことが重要です。
食品の取り扱いや調理方法を正しく守ることで、大部分の感染は予防可能です。
とくに夏場など食中毒が起こりやすい季節には、食材の選別・保存・加熱の三原則を意識した衛生的な調理が求められます。
また、国内だけでなく、海外渡航者においても、渡航先での生水や加熱不十分な食品の摂取によって感染する例が少なくありません。
海外での滞在中は、現地の衛生状態に応じた食生活の管理が大切であり、旅行前に予防策についての情報を得ることも重要です。
家庭でも外食でも、食の安全を意識することが大切です。
食事の際には、調理された食材が十分に加熱されているか、調理器具は清潔かなど、自身で確認し、衛生的な環境を保つことがカンピロバクター腸炎の予防につながります。
症状
カンピロバクター腸炎の症状は主に消化器に現れます。
感染後2〜5日ほどの潜伏期間を経て、まず発熱、倦怠感、頭痛などがみられ、続いて腹痛や下痢が出現します。
腹痛はおへそのまわりや右下腹部に起こることが多く、初期症状だけでは虫垂炎との区別がつかないこともあります。
下痢は1日に数回から10回以上になることもあり、便は水様性で、時に粘液や血液を含むこともあります。
吐き気や嘔吐を伴う場合もあります。
食欲が落ちることが多く、水分摂取が不足すると脱水症状が起こりやすくなるため、特に子どもや高齢者では注意が必要です。
一般的には症状は3〜7日程度で自然に回復しますが、長引く下痢により体力が消耗したり、別の疾患を合併する場合もあるため、経過観察が大切です。
また、ギラン・バレー症候群などの神経系合併症は、発症後1〜3週間を経て現れることがあるため、回復後も注意が必要です。
症状の強さや持続期間は個人差があり、軽度で済む場合もあれば、日常生活に支障をきたすほどの症状が出ることもあります。
周囲に同様の症状の人が複数いる場合は、食中毒の集団感染も疑われます。
原因
カンピロバクター菌は、主に鶏などの家禽類の腸管内に常在しており、食肉の処理や流通の過程で表面に菌が付着します。
特に鶏肉の保菌率は高く、販売されている精肉の多くにこの菌が存在していると考えられています。
これらの食材が十分に加熱されずに提供された場合、菌が生きたまま体内に入り、感染を引き起こします。
タタキや鶏刺しなどの生食や、レアの焼き鳥といった中心部まで火が通っていない鶏肉料理は、特にリスクが高いとされています。
また、加熱済みの食品であっても、生肉を扱った調理器具や手を介して交差汚染が起きることで、菌が他の食材に移ることがあります。
家庭では、生肉を扱った後の手洗いや、まな板、包丁の洗浄が不十分な場合に、サラダや果物などの非加熱食品に菌が付着し、感染するケースが少なくありません。
ペットの糞便からの感染例もあり、飼育環境の衛生管理も重要です。
また、近年ではバーベキューやキャンプなど、屋外での不衛生な調理環境が原因となるケースも増えており、調理時の注意が求められています。
発生を防ぐには、加熱・洗浄・手洗いという基本動作を徹底することが必要です。
治療
カンピロバクター腸炎の治療は、基本的に対症療法が中心です。
多くの場合、特別な治療を必要とせず、安静と水分補給で自然に回復します。
食欲がない場合は無理に食べず、消化に良い食事を少量ずつ摂るようにします。
下痢や嘔吐が続く場合は経口補水液などで電解質を補うことが推奨されます。
症状が重い、あるいは高齢者や乳幼児など体力の弱い人では、点滴治療や入院が必要になることもあります。
また、発熱が高く、血便が見られるような場合には、抗菌薬の使用が検討されます。
第一選択としてはマクロライド系やニューキノロン系の抗菌薬が用いられますが、耐性菌の問題もあるため、使用は医師の判断に基づいて行われます。
市販の下痢止め薬は、体内から病原菌の排出を妨げてしまうため、自己判断での使用は避けたほうが良いとされています。
症状を長引かせたり、悪化させたりする可能性もあるため、医療機関での相談が望まれます。
整腸剤や消化薬などの補助的な薬剤が処方されることもありますが、あくまで補助的なものとして捉え、基本的には水分補給と休養を中心とした自然回復を目指すのが一般的です。
早期発見のポイント
カンピロバクター腸炎は潜伏期間が長いため、発症時点では原因となる食事から時間が経っていることが多く、食中毒と気付きにくい場合があります。
発症から数日前の食事内容を振り返り、生焼けの鶏肉を食べた、衛生管理に不安のある飲食店を利用したなどの心当たりがあれば、早めに医療機関を受診することが大切です。
とくに、下痢や発熱に加えて血便がある場合や、家族や同席者にも同様の症状がある場合は、集団感染の可能性もあるため、保健所への報告も検討されます。
検便によって原因菌の特定が可能となるため、診察時には症状の経過や食事内容を詳しく伝えるとよいでしょう。
また、ギラン・バレー症候群などの合併症は、腸炎の回復後に発症することがあるため、体調が戻ったあとも手足のしびれや筋力低下といった症状に注意を払う必要があります。
違和感があれば、早めに神経内科などを受診することが推奨されます。
早期に異変に気付くためには、日ごろから自身の体調や食生活に目を向ける習慣を持つことが重要です。
特定の症状が複数日続く場合は、自己判断を避け、医療機関に相談するようにしましょう。
予防
カンピロバクター腸炎の予防には、食材の取り扱いにおける基本的な衛生習慣を守ることが最も重要です。
鶏肉などの食材は中心部までしっかり加熱し、75℃以上の温度で1分以上の加熱が推奨されます。
レアやタタキのような調理法は、特に家庭で行う場合にはリスクが高く、避けるべきです。
また、調理器具や手指を介した交差汚染を防ぐために、生肉を扱ったあとのまな板、包丁、トングなどは洗剤と熱湯で十分に洗浄・消毒します。
食材ごとに器具を使い分けることも効果的です。
冷蔵庫内でも生肉が他の食品に触れないように容器に入れて保管することが望ましいです。
外食時には信頼できる飲食店を選ぶことも重要です。
見た目の焼き具合だけで判断せず、中心までしっかり火が通っているかを確認することが求められます。
体調不良のときや妊娠中、小児、高齢者などは特に注意が必要です。
キャンプやバーベキューなどの屋外調理では、衛生環境が十分に整っていないことが多いため、より慎重な調理・管理が求められます。
予防のためには、家庭でも外食でも「しっかり加熱」「丁寧な手洗い」「清潔な調理器具」を徹底することが基本です。