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虫垂炎(盲腸炎)
疾患の概要
虫垂炎は、一般に「盲腸」や「盲腸炎」と呼ばれる病気で、虫垂という小さな臓器が細菌感染により炎症を起こした状態です。
日常会話では「盲腸になった」と表現されますが、正確には盲腸そのものではなく、そこから突き出た虫垂が炎症を起こす疾患です。
虫垂は大腸の始まり部分である盲腸から突き出た指状の細い管で、お腹の右下に位置します。
虫垂にはわずかな免疫上の役割がありますが、なくても支障のない臓器です。
急性虫垂炎は、突然の激しい腹痛を起こす急性腹症の中で頻度の高い疾患であり、緊急手術が必要になることも多い病気です。
特に10代から20代の若年層に多くみられますが、乳幼児から高齢者までどの年齢でも発症し得ます。
日本では全人口の約5%以上が一生のうちに虫垂炎になるとされ、男性の方がやや多い傾向があります。
虫垂炎は進行が早く、放置すると虫垂が破裂して腹膜炎を引き起こし、命に関わる重篤な合併症につながることがあります。
しかし早期に適切な治療を受ければ、多くの場合は短期間で回復し完治します。
虫垂炎は誰にでも起こり得る身近な病気ですが、正しく対処すれば過度に心配する必要はありませんので、落ち着いて対処しましょう。
腹痛の様子に注意し、異変を感じたら早めに医療機関を受診しましょう。
症状
主な症状は腹痛で、初期にはみぞおちやへその周りが痛み、時間の経過とともに痛む場所が右下腹部へ移動することがよくあります。
このような痛みの移動は虫垂炎に特徴的ですが、実際には全患者の半数程度にしか典型的にはみられないとされています。
腹痛以外には、吐き気・嘔吐、食欲不振、そして38℃前後の発熱が現れやすい症状です。
歩行や咳などで体を揺さぶると下腹部の痛みが増すのも特徴です。
また、右下腹部を軽く押してすぐ手を離したときに痛みがいっそう強くなる「反跳痛」と呼ばれる現象がみられることもあります。
炎症が進むと痛みはいっそう強くなり、お腹の内側を覆う腹膜まで炎症が及ぶと患部の筋肉がこわばってお腹が板のように硬く張ります。
この段階になると、体を少し動かすだけでも痛みが強くなり、熱も高くなってきます。
さらに病状が悪化して虫垂が破裂すると、溜まっていた膿が腹腔内に広がり、腹部全体に非常に強い痛みが起こります。
これは汎発性腹膜炎と呼ばれる状態で、命に関わる重篤な合併症です。
腹膜炎を発症すると高熱や脈拍の増加など全身の容態が悪化し、適切に対処しないと敗血症性ショックに至る危険もあります。
小さなお子さんでは痛みの場所がはっきりせず腹部全体を痛がる傾向が強く、逆に高齢者や妊婦では痛みや圧痛が軽い場合もあります。
また、妊娠中は子宮が大きくなって虫垂が通常より上方に押し上げられるため、痛みの部位が普段より高い位置に感じられることがあります。
人によっては下痢をしたり強い便意を催したりするケースや、便秘ぎみになるケースもあり、症状の出方には個人差があります。
以上のように普段経験しない種類の腹痛が続く場合には、早めに医療機関で診察を受けることが大切です。
原因
虫垂炎が起こる詳しい原因はまだ完全には解明されていません。
多くの場合、虫垂の内部が何らかの理由で詰まることが発端となり、その閉塞部分で細菌が増殖して感染・炎症が起こると考えられています。
虫垂の入口を塞ぐ原因としては、硬い便のかけらや消化されずに残った食べかす、ウイルス感染などによる腸内リンパ組織の腫れなどが挙げられます。
まれに腫瘍や寄生虫が原因となることも報告されています。
このように虫垂内部が閉塞すると虫垂内圧が高まり、急速に炎症が広がっていきます。
治療が遅れると虫垂の組織が壊死して穿孔し、腹腔内に膿が漏れ出る危険があります。
発症の誘因として、胃腸炎に続いて起こるケースや、便秘がきっかけとなるケースなども知られています。
特に便秘になると腸内に硬い便の塊ができやすく、虫垂の入り口を塞ぐことで虫垂炎のリスクを高めます。
そのため、日頃から規則正しい排便習慣を心がけ、便秘を予防することが大切です。
治療
虫垂炎と診断されたら、できるだけ早く虫垂を取り除く手術をするのが一般的な治療方法です。
痛みの原因が虫垂炎かどうか確定するまで手術を遅らせると、その間に虫垂が破裂して命に関わる恐れがあるためです。
治療の際は点滴による輸液や抗菌薬の投与で全身状態を整えながら、速やかに虫垂を摘出します。
手術には開腹手術と腹腔鏡手術の方法があります。
従来は右下腹部を5cmほど切開して虫垂を直接取り除く開腹手術が行われてきましたが、現在は腹腔鏡を用いた手術が主流です。
腹腔鏡下手術では腹部に数カ所の小さな切開創を開け、そこからカメラと手術器具を挿入して体内を観察しながら虫垂を摘出します。
開腹手術に比べて傷口が小さく、術後の痛みも少なくなるため、体にかかる負担も軽くなります。
なお、いずれの手術も全身麻酔下で行われ、手術時間はおよそ1時間以内です。
炎症や感染が虫垂内部に留まっている軽症例であれば、術後の経過も良好で、手術後3~4日程度で退院できることが一般的です。
近年、手術を行わず抗生物質だけで虫垂炎を治療する保存的療法にも注目が集まっており、炎症が比較的軽く症状も落ち着いている場合には、まず抗生物質による内科的治療を試みることもあります。
内科的治療を行う際は入院のうえ腸を安静に保つために飲食を控え、点滴で水分や栄養を補給しながら抗生物質を投与します。
点滴抗生剤で炎症が治まれば緊急手術を回避できる可能性がありますが、虫垂自体は残るため退院後に再発するリスクがあります。
そのため、一度薬で炎症を抑えた場合でも、後日あらためて予防的に虫垂を切除することが検討されます。
特に小児では、一度炎症を抑えた後に計画手術として腹腔鏡下虫垂切除術を行う方法が推奨される場合があります。
逆に、虫垂が破裂して膿瘍を形成しているような重症例ではただちに緊急手術が行われます。
手術時に腹腔内に膿が広がっていた場合には、膿を体外に排出するドレーンという管を留置し、術後もしばらく抗生剤による治療を続けます。
このような重症例では入院期間が1週間以上に及ぶこともありますが、治療が奏功すれば徐々に炎症は改善し回復に向かいます。
虫垂を摘出すれば再び虫垂炎にかかる心配はなく、現代の医療において適切に治療を受ければ虫垂炎で命を落とすケースも非常に稀です。
多くの患者さんは後遺症なく社会復帰できます。
早期発見のポイント
虫垂炎は時間とともに症状が悪化しやすいため、早期に見つけて対処することが重要ですが、初期の症状は胃腸炎や婦人科疾患など他の病気と似ているため診断が難しい場合もあります。
医療機関では問診や腹部の診察に加え、血液検査や画像検査によって虫垂炎かどうかを調べます。
超音波検査で虫垂の腫れや膿の有無を確認し、必要に応じて迅速に手術が行われます。
日常生活の中では、いくつかのポイントに注意することで早期発見につながります。
- みぞおちやへその周りの痛みが次第に右下腹部に移動し、徐々に強くなる場合は虫垂炎の可能性があります。
- 動くとお腹に響くような痛みや、微熱・吐き気を伴う腹痛が数時間以上続くときは、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。
- 病院で診察を受けても原因がはっきりしないと言われた場合でも、痛みが治まらない、あるいは強くなってくるようなら、夜間や休日でも我慢せずに再度受診してください。
- 小さなお子さんの場合は症状をうまく訴えられず、急に悪化することもあります。 普段と様子が違い、お腹を痛がって元気がないときには特に注意し、早めに小児科を受診して経過を観察しましょう。
- 市販の鎮痛剤は慎重に使用しましょう。 原因不明の強い腹痛に自己判断で鎮痛薬を服用すると、一時的に痛みが和らいで病気の発見が遅れるおそれがあります。 虫垂炎の可能性がある場合は、医師の判断を待ってから使用するようにしてください。
予防
虫垂炎を完全に予防する確実な方法はありませんが、日頃の生活習慣を整えることで発症リスクを下げられる可能性があります。
次のような点に気をつけましょう。
適度な運動とバランスの良い食事
便秘は虫垂炎を引き起こす一因です。
適度な運動と食物繊維を多く含む野菜や果物の摂取を心がけ、便秘を防ぎましょう。
食事や衛生面での注意
虫垂炎の原因の一つとして腸への細菌感染が挙げられます。
食中毒を防ぐため、肉や魚介類は十分に加熱してから食べる、食事前の手洗いを徹底するといった衛生管理を行いましょう。
ストレスの管理
極度のストレス自体が直接の原因になるわけではありませんが、ストレスは体調不良の一因となります。
適度にストレスを発散し、生活リズムを整えましょう。
これらを実践しても虫垂炎を完全に防げるとは限りませんが、健康的な生活習慣は虫垂炎に限らず様々な病気の予防につながります。
日頃から体調管理に努め、体の異変を感じたら早めに医師の診察を受けるようにしましょう。